ビートニクとは(未)

みなさんこんばんは。

 

 

今夜は、すこし勉強中の戯言をのこしたいなと思っていまして、

 

 

なにかといいますと、

 

 

 

克さんと玲雄さんとのお話でたまに飛び交う、

 

 

ビートニク、ビートという言葉。

 

 

それについてが知りたいので、

 

 

長々とインプットの整理といいますか。

 

 

この場で一回発散させてもらえたらと、書かせてもらえたらと思います。

 

 

 

私事ではなく、克さんと玲雄さんを語る上で欠かせない、ビートというキーワードだと思ってますので、

逆に店頭でご指導いただけたらなと、恐縮ながら願わせていただきます。

 

 

まず、ビートといえば、なんとなく、

ベレー帽、ボーダー、黒いサングラス、などのなんとなくなイメージは頭にあったのでしたが、

 

 

初めは何がなんだかわからなく、

 

 

かといって今も探り中の一方で。

 

 

 

検索してヒットしたの中から掘っていくしかありませんでした。

 

 

 

 

ジョニーデップがナレーションで参加しているこちらのドキュメンタリーをみて。

 

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なに?朗読の集団?

 

 

当時は朗読するのがイケてたのか?

 

 

それとも、暗い連中の風習だったの?

 

 

 

ジャックケルアック?路上?

 

 

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旅の走りの小説なのかな。

 

けっこう読み終わるの時間かかる、、

 

 

近年では映画も、

 

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今となっては別に珍しくないロードムービー

 

 

この小説がロードムービー的な走りだったのか?

 

 

 

そして、ケルアック言ってるなんかカッコいい曲もあったり。

 

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そして

今からの文章は、某雑誌でのビート特集でのからコピーしてます。

 

参考になれば、共有したいなと思い、

 

打たせてもらいました。

 

↓↓

第二次世界大戦が科学の生んだ最終兵器、原爆の投下で幕を閉じた後、アメリカは史上空前の繁栄の時代を迎える。

 

 

大量生産されるラジオ・冷蔵庫・大型車。サバービアの庭付きの家。

 

 

快適な消費生活の様相は、世界中を魅了した。

 

 

しかしその一方で、アメリカはソ連との緊張を深めていた。冷戦と核の脅威、国内には赤狩りマッカーシズムが吹き荒れ、個人の自由思想表現を圧殺する全体主義が台頭していた。

 

 

そんな物質主義と抑圧の時代に本能的に危機を感じ、「声」を立てはじめた一群の集団があった。

 

 

アレン・ギンズバーグジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズ、ローレンス・ファーリンゲティ、ゲイリー・スナイダー.. ?後に〈ビート世代〉と呼ばれる詩人?作家たちである。

 

 

彼らは体制にも、体制に順応する〈沈黙の世代〉にも抗い、あくまで「個」を尊重し「裸」の自分を表現しようとした。

 

 

所有し消費し定着する押しきせのアメリカン・ドリームを拒否し、アメリカの原風景を彷徨い発見しようとした。

 

 

それはまた、彼ら自身が自己を発見する「内面の旅」でもあった。

 

 

ビート世代という言葉は48年、ケルアックが友人の作家ジョン・クレロン?ホームズと〈失われた世代〉とその後の〈実存主義〉に意味を議論していた時に思いついたものという。

 

 

それは宗教的な「至福(ビアテイチュード)」にも彼らが心酔するジャズの「拍子(ビート)」にもつながり、たちまち仲間内に広がった。

 

 

ホームズはその後、ニューヨーク・タイムズで初めてビート世代を世に紹介し、エスクァイアにも「ビート世代の哲学」と題するエッセイを寄稿している。

 

 

55年、サンフランシスコのシックス・ギャラリーでギンズバーグはその詩「吠える」を朗読、翌年ファーリンゲティ主催のシティライツ書店から出版され、センセーションを呼ぶ。

 

 

翌57年、ケルアックの「路上」がヴァイキング社から出版されベストセラーとなり、ビート世代、とりわけ映画スター顔負けのハンサムだったケルアックは、たちまち時代の寵児となる。

 

 

巷には彼らのボヘミアン的な生き方に憧れる黒ずくめの若者達(元をたどれば〈実存主義〉ルックだ)が出現し、ソ連の宇宙船スプートニクに引っかけた「ビートニク」の呼び名で新しい風俗としてもてはやされた。

 

 

こうした事態はしかし、ビート世代には皮肉であり悲劇でもあった。58年頃には早くも「ビート文学は文化の崩壊」といった批判記事がマスコミを賑わし始め、彼らの運動は一過性の風俗として葬り去られようとした。ケルアックは過去の人となり、69年、失意の内にアルコール中毒で死んだ。

 

 

しかし、ビートの精神は受け継がれた。管理社会に連合できず、即物的な現代文明に疑問をもつ、つまりビート世代に「共感」する若者たちは、いつの時代にも途切れることなく現れたからである。

 

 

ロック詩人ボブ・ディランの歌に、ロードムーヴィーの彷徨に、「内面の旅」は継承された。現在も『吠える/その他の詩』はシティライト書店の常時ベストセラーで既に70万部を超え、『路上』は世界各国で翻訳された若者の永遠のバイブルとなっている。

 

 

【上記、1995年エスクァイア日本版 No.7、ビートは死なずより。】

 

 

つまり、50年代のアメリカの歴史、文化を語る上で欠かせない人ら?である事はまちがいない。

 

 

思想になるのかな?

 

 

また、小説を読んでいたら分かるのですが、黒人文化へのリスペクト、ブルースからのジャズを愛しているのもみられました。

 

 

そんなビートな彼らに影響を受け、ジャズからロックというジャンルへ繋がっていくといったらいいのか。

 

 

そこからボブディランだったりも名前があがってきたり、

 

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このイージーライダーの感じだったりも。

 

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デニスホッパーも関わってきて、

 

 

60年代には、更にロックミュージシャン、ヒッピー、今朝あげたブログにもでたウッドストックなどに関わる重要な思想となっていくとかいかないとか。

 

 

 

克さんに聞いてしまえばいいんだ!

 

 

と聞いたら、また本と写真とじゃ少し違うんだよなとまず初めに。

 

 

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なーぜかここでもまたパリに集まってる写真が多くでてきたり、

 

 

Parisian Beatniks Hanging Out by the Seine, 1965 (3)

 

 

とにかく、

 

beatniks-in-paris-1955

 

 

 

関係するもの全部に触れまくっていってると、

 

 

まだ言葉にできないですが、ポータークラシック、克さんがギンギンにはいっていました。

 

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(2014 A/Wから)

 

また克さんは、黒以外で、ブルーでも表現している。

 

 

そして今回のPC SASHIKOでも、

 

 

これからでる2016春夏のTシャツでも。。

 

 

そして玲雄さんはというと、サンフランシスコに何年も住んでいた時期があったりと。。

 

 

 

ポータークラシックの一員としての、

 

 

【文化の旅】

 

は、

課題が多く、分からない事や知らない事だらけですが、

 

 

こんな楽しく、面白い事はない。

 

 

と毎日 感動させて頂いてます。

 

 

 

なんなんだこのブログは、といった感じですが、

 

 

 

いつかビートに関しての、しっかりまとまった内容、

 

 

克さんと玲雄さんからお話も聞いて、分かりやすく、レポート報告させて頂けたらと思います。

 

 

 

長々と、失礼しました。

 

 

 

 

中島

西野カナ